リリース発行企業:川棚温泉まちづくり株式会社
川棚温泉まちづくり株式会社(下関市川棚温泉交流センター 川棚の杜 指定管理者/社長:高瀬利也)は、国際的に活躍するヴィオラ奏者、ピエール・レネール氏を招き、「第14回 川棚・コルトー音楽祭/京都フランス音楽アカデミー特別演奏会 ピエール・レネール ヴィオラリサイタル」を2025年3月20日(木祝)に開催します。
レネール氏は、当音楽祭の由来であるアルフレッド・コルトーによって設立されたパリ・エコール・ノルマル音楽院で教授を、パリ・オペラ座管弦楽団と呼ばれたパリ国立歌劇場管弦楽団ではソロ首席ヴィオラ奏者を務めます。今回は京都フランス音楽アカデミー招聘教授として来日し、約2週間の滞在期間中に当音楽祭に出演します。
天性のベルカント的センスと卓越した技巧を兼ね備えた現代の名手が奏でる、深く甘く繊細な音色をご堪能いただき、川棚温泉とアルフレッド・コルトーが紡いできた物語にも思いを馳せるひと時をお過ごしいただきたいと思います。
■公演概要
■出演者プロフィール
ピエール・レネール
驚くべき自在さを備えた演奏が高く評価されており、ピアニスト広瀬悦子とのデュオによるCD「情熱」ではクララ・シューマン、ブラームス、ヨアヒムに至高のオマージュを捧げている。また、アンサンブル「レネール・ファンタジー・グループ」でオペラからシャンソンまで独創的なレパートリーに取り組む。65年のエマニュエル・ヴァルディ以降、ヴィオラでパガニーニ「24のカプリース」の録音に挑戦したヨーロッパで唯一の演奏家。これまでにヴュータン「ヴィオラとピアノのための作品集」等のCDを発表。最初の師は父ジャン・レネールで、その後ユーディ・メニューインと決定的な出会いを果たす。フィリップ・モリス財団や主要な国際コンクール(ライオネル・タ-ティス、マルクノイキルヘン、モーリス・ヴュー)の受賞者でもある。パリ国立歌劇場管弦楽団ソロ首席ヴィオラ奏者。セレナード国際室内楽フェスティバルとル・グー・ドゥ・ラ・ミュージック・フェスティバルで芸術監督を務める。パリ・エコール・ノルマル音楽院教授。
(C)Caroline Doutre
提供/京都フランス音楽アカデミー実行委員会
提供/京都フランス音楽アカデミー実行委員会
提供/京都フランス音楽アカデミー実行委員会
https://www.youtube.com/watch?v=bQCQNao1OUo
田中しのぶ
宇部市出身。広島大学教育学部音楽科卒業、同大学大学院教育学研究科修了。第9回日本クラシック音楽コンクール全国大会大学の部において第3位(1,2位なし)。2003年より渡仏。2005年フランス音楽国際コンクール連弾の部において第1位。2009年にはプーランク作曲「2台ピアノのための協奏曲」のソリストに抜擢され好評を博した。室内楽奏者としての信頼も厚く、フローラン・エオーなど数々のクラリネット奏者と共演。2018年ジュネーヴ国際音楽コンクールクラリネット部門の公式伴奏ピアニストを務めた。2021年9月帰国まで、エドガー・ヴァレーズ音楽院にて後進の指導にあたり、コルトーが設立したパリ・エコール・ノルマル音楽院ではクロード・ルロン、ピエール=アンリ・グゼルブ、ブルーノ・パスキエ、ピエール・レネールのヴィオラクラスの伴奏を務めた。現在は日仏両国で演奏活動や後進育成にあたっている。第13回 川棚・コルトー音楽祭ではフローラン・エオーとの共演が好評を博した。
2024/3/20 第13回 川棚・コルトー音楽祭(クラリネット:フローラン・エオー)
■川棚とコルトーの物語
20 世紀を代表するフランス人ピアニスト、アルフレッド・コルトーは、1952年に生涯一度きりとなった日本ツアーを開催、宇部・下関公演に際して川棚温泉に三泊滞在した。日本の秋景色を楽しんだコルトーは「こんな美しい夢のような風景は見たことがない。日本はプレ・ペイ(本当の国)だ」と絶賛。とりわけ、ホテルの部屋から見えた響灘に浮かぶ厚島に魅せられ、「私の思いはひとりあの島に残るだろう」と、この地への永住を願ったが、その願いは叶わず母国で他界。厚島はいま、彼の名前にちなんで「孤留島(こるとう)」とも呼ばれている。コルトーは帰国後も度々「私の名前の島が日本にある」と嬉しそうに語り、関係者から贈られた「孤留島」と彫られた落款印を手紙の隅に捺していたという。そして2010 年、コルトーが滞在した川棚観光ホテル東館跡地に「下関市川棚温泉交流センター(川棚の杜・コルトーホール)」が誕生。以降、川棚・コルトー音楽祭、コルトーを偲ぶ会などの顕彰活動を続けている。
1952年 川棚観光ホテルに滞在し、碑文を揮毫するコルトー
川棚観光ホテルにて(中央は息子のジャン・コルトー氏)
より詳しいエピソードと写真資料を豊浦町観光協会HPにて紹介しています。https://x.gd/LjPRE
川棚におけるコルトー顕彰活動(一部抜粋)
2008年下関市・エコールノルマル音楽院パートナーシップ締結。江島元市長 [現参議院議員](前列右)と故ジャッキイヤ理事長(前列左)。ジャン・コルトー氏、アンリ・ユジュル学長、在フランス日本国大使館 公使・渡邊哲貴氏も列席。
2010年誕生の下関市川棚温泉交流センター(川棚の杜・コルトーホール)。隈研吾氏による設計で、川棚の豊かな自然と呼応するような有機的な建築を目指した。奥にはコルトーの愛した孤留島(厚島)が見える。
■地域概要
川棚(かわたな)温泉
下関市中部を南北に連なる鬼ヶ城連山のふもと、川棚平野が広がり響灘・厚島を望む“下関の奥座敷”川棚温泉。その歴史は800年以上といわれ、川棚に棲んでいた青龍が亡くなった際に手厚く祀るとお湯が湧き出したという伝説に始まる。江戸時代には長府藩主の御殿湯が設置され、湯治場として名を馳せる。優しいいで湯と穏やかな風土が育んだゆったりとした詩情にひたるひと時は、歴代の毛利侯はもちろん、フランスの伝説的ピアニスト アルフレッド・コルトーや、漂泊の俳人種田山頭火が終の棲家にしたいと願うほど、多くの偉人・文人に愛されてきた。
医王如来の霊験深く感じ候也 毛利綱元(長府藩3代藩主)
山裾に丘陵をめぐらせ地形において申し分がない。川棚温泉は私の最も好きな風景である 種田山頭火
私の思いはひとりあの島に残るだろう アルフレッド・コルトー
長府藩毛利侯や種田山頭火も愛したなだらかな山々に囲まれた川棚温泉
青龍湖(舟郡ダム)から一望する川棚平野と響灘・孤留島(厚島)
コルトーが愛した孤留島(厚島)の残照
下関市川棚温泉交流センター(川棚の杜・コルトーホール)
2010年開館。建築家・隈研吾氏の設計による建物は、川棚の豊かな自然と一体になる有機的なデザイン。山裾から海へと延びる川棚のなだらかな地形をイメージし、三角形の集合体で構成された幾何学的なフォルムをしている。内部はイベントスペースである大交流室・小交流室に、日本やアジア地域の生活文化・生活用具などを展示する「烏山(からすやま)民俗資料館」を併設してる。また、アルフレッド・コルトーが設立したパリ・エコール・ノルマル音楽院の承認のもと、大交流室は「コルトーホール」の愛称で親しまれている。
川棚の大地が隆起してできたような外観
建物のスカイラインと、背景の山の稜線がつながるようにデザインされている
下関市烏山民俗資料館が併設し、地元を中心とした工芸資料などを展示
コルトー通りに面した大きな窓から光が差し込む小交流室
コルトーホールの愛称で親しまれている大交流室
コルトーが滞在した川棚観光ホテル東館の跡地である川棚の杜にはコルトー像が建つ
コルトー像の視線の先には、響灘に浮かぶ孤留島(厚島)が見える
一流のフランス人演奏家を招き開催する川棚・コルトー音楽祭
川棚温泉まちづくり株式会社
川棚の杜の建設を主要事業とする川棚湯町地区活性化事業の官民会議を契機に、川棚温泉まちづくり協議会が発足。2009年、川棚の杜を核として住民自ら地域経営に携わることを目指し、民間100%資本によって「川棚温泉まちづくり株式会社」を設立。2010年開館から川棚の杜の指定管理業務を受託。2021年から「杜の庭園 リフレッシュパーク豊浦」の指定管理業務を受託。その他に、川棚温泉観光協会、豊浦町観光協会、川棚温泉観光ボランティアガイドの会などの事務局業務も行う。
詩情に満ちた安らぎのひと時と、この土地ならではの物語を活かし、“まちかどに音楽を。生活に芸術を。美しい時間をご一緒に。”を合言葉として、地域資源の活用、地元文化の発信、観光や芸術文化体験の推進に取り組んでいる。2023年からは“Music & Craft”もう一つのキーワードに掲げ、豊浦町が誇る藁細工文化などに着目したクラフトイベントなど、「生活の中の芸術」を達成すべく、“まちとつながる”事業を展開している。
2004年、住民主体による「川棚温泉まちづくり協議会」が発足し、タウンウォッチングによる地域資源の再発見から、ワークショップによるまちづくりをすすめ、2009年には、住民自ら地域経営に携わることを目指して、「川棚温泉まちづくり株式会社」を設立した(写真:隈研吾氏を迎えてのワークショップ)
毎年5月に行われる川棚温泉まつりでは、コルトーホール前で野外ライブを行うなど、地域と連携を図った活動を行っている
2023年、新たに“Music & Craft”のキーワードを掲げ、音楽とクラフトでのまちづくりを目指す(写真:藁細工展)