特集

「メジャーデビュー」-山口から全国に仕掛ける
ソルジェンティ&仕掛け人・インタビュー(前編)

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-まずはメジャーデビューおめでとうございます。今の心境は?

 しみじみと実感しているというか、責任の重さを感じています。「プロになったんだ!」という感じではなく、プロとして活動していくために大事なことが見えてきたので、今も日々頑張っているところです。

-デビューして数カ月経過しましたが、落ち着きましたか?

 そうでもないです(笑)。デビュー前後の盛り上がりというか、ハイテンションな状態からは落ち着きましたが、違う部分で気持ちが落ち着かない感じがしますね。

-プレッシャーに近い感じですか?

 それもありますが、もっと気持ちが伝わる方法があるはずなのに、まだ技術が足りないなと。そういった部分を勉強していかなきゃと思っています。

 僕たちが制作する作品すべてに対して、もっと人の心に響くような、届くようなものを作りたいと強く思っています。そのためにもっと追及して深いところまで掘り下げていかなければと思います。

■仕掛け人・真部さんとの出会い

-ソルジェンティと真部さんが出会ったのはいつ頃ですか?

兄弟 「木坂兄弟」の名前で活動していた頃だったかな・・・

真部 たぶん、兄弟で別々に活動していた頃からどこかですれ違っていると思う(笑)。宇部ときわ公園のイベント「ときわサマーフェスタ」を企画していた時は、兄・Mitsuhiroがソロ出演してましたね。

-出会ってすぐに親しくなったのですか?

 その頃はまだ挨拶するだけの関係でしたね。

 真部さんが何をしている人なのか全然知らなかったです。TV局関係の人か映像関係の人なのだろうと思っていました。

-真部さんへのファーストインプレッションは?

 ちょっと怖そうだなと(笑)。でも、話してみると全然違っていて自分たちの目線に合わせて話をしてくれたり、いろいろなことに気を遣ってくれたり。見習うところ、学ぶところがたくさんあるなと思いました。正直言って最初は怖かったですけど(笑)。

-2007年4月に木坂兄弟からソルジェンティに名前を変更した時には真部さんも関与していたのですか?

 いえ、それはまた別物でして。木坂兄弟として地域のお祭りに出る時に、そのお祭りを仕切っていた人から「木坂兄弟って名前、演歌歌手っぽいよね」と言われてしまい…(笑)。その頃から自分たちも名前を変えようかって思うようになって、恩師である故寺尾麻美先生に相談しました。

-その頃は真部さんと一緒に活動していたのですか?

 いえ、まだですね。真部さんと一緒に活動したのは、ソルジェンティになった後にファーストチャリティーライブをした時ですね。

-2007年11月に山陽小野田市文化会館で行ったライブですね?

 はい。ライブっていうと大体ステージにスクリーンがあるじゃないですか。僕たちのライブでもそれが出来るんじゃないかと勘違いをしてまして(笑)。真部さんに「映像とかって出来ないんですかねぇ~」と軽く相談したのがきっかけです。当日流すことは出来ないけどビデオ用に撮影することは出来るということで協力してもらいました。

-その時に真部さんに相談した理由は?

 なんとかしてくれそうな気がしたんでしょうね、たぶん(笑)。とにかく初めてのことだらけだったので、意見を求めていました。あれもこれもやりたいと言ってしまって・・・。

 真部さんとはそこからですね。次の年もライブを撮影してもらいました。

-その時はまだ真部さんがマネージメントするという関係ではなかったのですか?

真部 2008年12月の「ときわファンタジア」で一緒にツリーを作ったりして、それから徐々に親しくなっていきました。インディーズのアルバムを作るときにも色々アドバイスをしたり。将来こうしたいという熱い思いはあるけれど、どうしてもうまくいかないと聞き、協力出来ることがあればしようと。そこから関係がスタートしましたね。

-真部さんからソルジェンティへのファーストインプレッションは?

真部 好印象でしたね。すごく素朴だなっていうのと、上を目指して良いものを探求する向上心の持ち主だなと。一方で、ちょっとすべてにおいて欲張りな(理想が高い)ところがあって。妥協点が高いなと感じました。