特集/コラム

【エリア特集】2007-06-11

【ビジネス特集】
小さな田舎旅館を全国に知らしめた若社長
若さのエネルギーが道を切り開く

山口・阿知須と宇部市の境目、のどかな田園風景の中にたたずむ「源河の湯 てしま旅館」は、全国の雑誌やテレビにもたびたび取り上げられる、今をときめく温泉旅館。その名を知らしめるきっかけとなったのは、京都の空間デザイナー・辻村久信氏をはじめ5名の著名デザイナーによる5年前の全内装リニューアルだが、和洋融合のモダンなデザイナーズ旅館に生まれ変わった後も、3代目主人・手島英樹さん(30歳)はその話題性に甘んじることなく、果敢な挑戦を続けている。くもりのないやさしい笑顔の中にも力強い眼差しが印象的な手島さんに、旅館経営者としての考えや今後の展開についてうかがった。


■旅館の未来を切り開いた“若気の至り”

てしま旅館 てしま旅館は、昭和40年代初期に手島さんの祖父が創業。ゴルフ場もオープンし、活気だっていた当時の阿知須温泉には6、7軒の旅館が営業していたものの、バブル崩壊後は地元観光産業が一気に衰退。宿泊客の激減で、辺りにあった旅館は1軒、また1軒と姿を消していった。専門学校を卒業後、広島で福祉の仕事をしていた手島さんが家業を継ぐ決心したのは24歳の時。その後1年間は語学留学のため、夫人とともにカナダへ渡った。「客足もまばらな宿を今後どうしていくかという話になった時、創業者の祖父も2代目の父も、継がなくて良いと言いました。でも、妻の後押しもあったし、何より自分の育った環境を失いたくなかった。自分に流れる商売人の血を試したい気持ちもありました。普通ならどこかへ修行に入って旅館業の勉強をするところでしょうが、カナダに住んだことで、多面的な考えができるようになりましたし、異文化に触れたことで感性も柔軟性も高まった気がします」。帰国後、手島さんは旅館を休業し、まる1年にもおよぶ内装の全面リニューアルを行った。「よくこんな無茶なことをしたと、今更ながら感心します。思い返すたびにゾッとしますよ。有名デザイナーを呼び寄せて、巨額の借り入れをして・・・。本当に勢いだけの若僧でした。ただし、何もわからないからこそできることや、得られるものがあるのも確かです」

■窮地に立ち、大切なことを学んだ

古めかしい外観 2003年4月、親子3代で切り盛りする“新生てしま旅館”がスタートした。昭和のひなびた温泉旅館の外観はそのままに、外の風貌からは見当もつかないモダンな内装。辻村氏をはじめとするクリエーター集団の情熱は、館内のハード部分だけでなく、照明、家具、テーブルウエア、スタッフの衣装など細部にまで注がれた。特に、 昼から夜にかけて刻々と宿の表情を変えていく明暗のコントラストは、何とも言えない非日常的な空間へと訪れる人々を誘う。全国レベルで見ても、最上級のデザイナーズ旅館に仕上がっていたことは間違いなかった。が、しかし、改装がすぐに起死回生につながったわけではない。「建物や空間のすばらしさ、デザイナーのネームバリューで客が呼べると錯覚していました。地の利の悪さも理解できておらず、アピールの仕方も知らない。お客が増えるも何も、借金だけがふくらんでいき、半年後には窮地に立っていました。商売の厳しさが身に染みてわかった時です。でも、つぶれる一歩手前で歯を食いしばるさなか、一つの幸運が訪れました。TV番組・マネーの虎で一躍有名になった貞広一鑑氏が、知恵を貸して下さったのです。それは、プレスリリースの発信と活用法。いくら良いものを作っても、知られなければ何にもならないということです」と手島さんは語る。さっそく旅館紹介や思いの丈を綴ったプレリリースを作成し、雑誌社など300社近くに発送。するとその中の1社、何と、文藝春秋が発行する女性向け月刊誌「CREA」から反応が返ってきた。

■マスコミの力が巻き起こした空前のブレーク

ゆったりとしたロビー 外観からは想像もつかない、おしゃれな内部空間、落ち着き、贅沢感。「CREA」の宿特集への掲載を皮切りに、てしま旅館は雑誌やテレビなどに次々と取り上げられるようになった。リニューアルオープンから1周年を迎えた2004年春には、長らく真っ白だった宿泊予約台帳が、平日も含め4カ月先まで真っ黒になるほどお客が殺到。手島さんは「奇跡的なもの」と話すが、運を引き寄せるだけの要素はそろっていた。1日5組しか宿泊できない代わりに客室やロービーなどがゆったりと使え、浴場も混まない。押しも押されもせぬ料理職人の父、2代目が腕をふるう自慢の食事は、できたてモダンなダイニングを温かいうちに味わえる一品出し。ゆき届いた旅館の手入れ、絶妙な距離感を保つ心地の良い接客・・・。若い女性客やカップルなどが増え、客層の幅も広がっていった。それでも手島さんは、慎重な姿勢を崩さない。「最初に面を食らったので、この状況にあぐらをかこうとは思いません。時代のニーズは変わっていくもの。常に次の手は考えておかないと」

■客の意見を大切に、良いことは即実行

 昨年冬に、ある宿泊客から鋭い指摘を受けた。「客室数も限られているし、旅館業だけではどんなにがんばっても先が知れている。今のネームバリューを使って、もっとキャパの広いところで商売してはどうか」というものだ。この意見にヒントを得た手島さんはさっそく、当時旅館でおいしいと評判だったオリジナルの肉みそを商品化。ラベルや包装容器にもこだわったが、お客の反応はイマイチだった。そこで今度は、人気デザートの和風ブラマンジェにてしま食品旅館名をかけた「てしまんじぇ」など、アイテムを増やして都心の百貨店催事で販売。地元の厳選材料にこだわった手作り感たっぷりの旅館フードは、女性を中心にじわじわとファンを広げている。これらの「てしま食品」は、近日中にオープンさせる通販サイト「テシマート」にもラインアップ。同サイトでは、自社製品だけでなく、阿知須産のさまざまな商品を取り扱いPRしていくという。

■「楽しみたいから」挑戦し続ける

 昨年の七夕に法人化を果たし、次々に打ち出す変わり種の宿泊プランやランチも好評のてしま旅館。しかし、手島さんはここから、また新たな挑戦を始める。「宿泊客の楽しみは宿だけでありません。せっかく異郷の地に足を踏み入れたのなら、土地の魅力にふれたいのが心情。これからは阿知須の活性化にも取り組んでいきます」と意気込む手島さんは、地元の同志と「阿知須プロジェクト」なるチームを立ち上げ、地域資源を生かした独自視点でのまちおこしを展開しようとしている。すでに、阿知須ならではの駅弁の開発やホタルの復活、空き家を改装してダイニングにする計画などいくつかのプロジェクト案があり、これから実効性を探りながら現実のものにしていくという。「残念ながら阿知須には、観光でお客を呼ぶ力はありません。でも実は、おいしい空気や食材、美しい自然、人のぬくもりなど、外番頭こと手島英樹さんから見れば魅力的な素材がそろっています。だから、これを生かさない手はない。旅館のお客様により満足していただくことはもちろんですが、地元も一緒に潤って活気が出れば言うことなしです。住んでも訪れても楽しいところになれば」。自分が楽しめるかどうかが第一の指標であり、ありきたりのものでは満足しない手島さんだけに、視野を広げた今後の動きに目が離せない。

てしま旅館

阿知須プロジェクト

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