特集/コラム
古き良きまち並みに芽生えた若者の息吹
一の坂川周辺がおしゃれな穴場スポットに
山口市の中心部を流れる一の坂川は、町割りの基礎がつくられた室町時代から京都の鴨川に見立てられ、愛され続けてきた風情ある川。この界隈には今も、間口が狭く奥行きの深い「町屋」と呼ばれる古民家や伝統的な木造建築物など古き良き時代の名残があり、市街地であるにもかかわらず、ゆったりとした独自の雰囲気を醸し出している。そんな歴史文化地域で、数年前から急速に、若者感覚のおしゃれな店が増え始めた。人通りの多い中心商店街から少し離れたこの地を、若き起業家たちがあえて選ぶ理由は何なのだろうか。彼らの話から、一の坂川周辺エリアの魅力を探った。
■新しい価値観を生んだ1軒のセレクトショップ
一の坂川沿いにたたずむ老舗旅館「惣野旅館」の1階に、05年4月にオープンしたブティック「SLOWF(スローフ)」。建物や通りの雰囲気にすっと溶け込んだこのセレクトショップが、周辺地区への出店ニーズの火付け役になったと言っても過言ではない。スローフの店主・今川理さん(30)は、かつてファッション関係の企業に勤めていたが、顧客一人ひとりとの対話を大事にしたいとの思いから独立に踏み切った。「ゆったりとした雰囲気の中で、服そのものを楽しめる店をつくりたかった。友達と買い物をしているような、同じ目線でのアドバイスができればと思って」と話す今川さん。若者が古民家を改修して店舗を構えたのは、スローフが初めてのケース。人通りもまばらな立地に、当初周囲からはすいぶんと心配もされたようだが、出店の意志は変わらなかったという。「もともと市内に住んでいなかったので、まったく未知の場所だったけれど、店を出すならここだと直感した」。取材中にも客足は途絶えず、自然体な今川さんの接客に、店内の会話はどんどん弾んでいく。「散歩がてらにのぞいていってもらえれば。この店はお客さんのクローゼット代わりだと思っている」
■再生された町屋が若き家具職人の店に
一の坂川から歩いて5分ほど下った通り、大殿大路には、市の再生事業でよみがえった趣ある3つの古民家が軒を連ねる。観光客たちの憩いの場にもなっているアンテナショップ「大路ロビー」と、地元NPO法人が入居する「ほたる工房」に挟まれた真ん中のショップ「LB Furniture works(エルビー・ファーニチャー・ワークス)」は、山口県立大学で共にデザインを学んだ青年たちが05年7月に開店させた、オーダーメードの木工家具と雑貨の店。もとあった古い柱や梁、建具をそのまま生かした開放的なフロアには、無垢材を使った手作りのテーブルやイス、インテリアなどがバランス良くディスプレーされ、木のやさしいぬくもりに包まれた空間に、通りすがりの人も吸い込まれるように店に入っていく。
同店の溝内健吾さん(28)は「本物の木でできた家具に触れることができ、ガラス越しにも商品を見て通れるオープンな店が持ちたくて。ここは店舗を探している時に偶然出会い、とても気に入った。建物自体を見学に来る人もいるのは、良い相乗効果だと思う。一の坂川沿いを歩く人がこちらにも流れてきてくれるとうれしい」と話す。
■カフェやインテリアの店も次々
昨年3月、川沿い道路に平行した西に一本向こうの大通り・パークロード沿いに、中国茶の店「茶座」がオープンした。いつか一の坂川のそばに店を出したいと考え、やっとの思いでこの物件を見つけたというオーナーの阿武直子さん(40)は「ちいさな店ではあるけれども、四季の移ろいを感じられる絶好の場所で、お客と楽しい時間を共有して過ごせることに心から感謝している」と今の心境を語
る。茶座に次いで7月に開店したカフェ「haranaka(ハラナカ)」も物件探しに苦労した店だが、店主の原恵美さん(29)と中山絢子さん(29)は「川沿いではなくても、外の陽ざしや風を感じながら良い雰囲気でお客を迎えられる。同世代の女の子に限らず、サラリーマンなども常連になってくれ、ありがたい」と口をそろえる。そして今年は、竪小路にインテリアショップ「DEGREE(ディグリー)」、中河原町にアンティークショップ「trove(トローヴ)」、一の坂川沿いに自家製マフィンを提供するカフェ「deco(デコ)」などなど、個性的な店が次々にオープン。少しずつだが、この界隈の散策を楽しむ人の流れもできつつある。
■訪れた人の感覚を刺激するまちの景観力
ディグリーの瀬川清隆代表(50)は、ギフトショップを営む本拠の徳地にいながら、竪小路という場所にこだわってきた。その主張は「思い描いてきた店を出すなら、この通りでと決めていた。ノスタルジックなまち並みが何より魅力的。東京でも、個性の光る店はにぎやかな大通りから一歩入った路地にある。山口にも商店街のはずれに穴場の店があればおもしろい」というものだ。一方、トローヴのオーナー・清水大輔さん(30)とディレクターの村上雄一さん(30)は、美しいケヤキ並木が続くパークロードに魅力を感じ、地縁のないこの地に光市から出店した。「店のコンセプトでもある、人とモノとのつながりを大事にしたいという観点からも、県内さまざまな場所を下見した上でこのロケーションを選んだ。美術館や図書館などが建ち並ぶパブリックスペースという点も大事な要素。実際に店を構えてみても、モノの価値がわかる人や高感度な人が予想以上に多く、喜びを感じている」(村上さん)。理想の物件に出会えたというデコの輪田千晶さん(29)は「ここでは桜やホタルも見られ、四季をじかに感じられる。窓を開ければ川のせせらぎが耳に心地いい」と喜びの表情を見せる。彼らに共通するのは、自らが感覚的にとらえた“居心地の良さ”や、ロケーションと店とが生み出す独自性に価値を見いだした点。この辺りには、時間の流れを変えてしまうような、何か不思議な力が宿っているようだ。



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■“匠のまち”補助金事業も追い風に
歴史資源に恵まれた一の坂川を中心とするこのエリアへの出店を後押しするように、市と山口商工会議所では、まちの景観を重視した店舗改装の費用や新規開業者の家賃などを補助する「匠のまち創造支援事業補助金」を設けて支援を行っている。狙いは、観光スポットにもなっている「大内文化特定地域」の歴史的景観を生かしたまちづくりと、「大内塗」「萩焼」「ういろう」といった伝統産業の技の継承、集積。出店を果たした彼らの中にも利用者があり、制度に関する問い合わせや申し込みが、昨年から若者を中心に多く寄せられているという。ただし、地域内には入居可能な物件が乏しいのが現状。エリア内に店を持ちたいと願う人は着実に増えているが、物件待ちの状態が長く続いて出店をあきらめるケースも少なくない。家主と出店希望者との橋渡し役にもなっている山口商工会議所では、自宅や敷地を商業用に貸しても良いという家主を積極的に募集している。昔ながらのまち並みに価値を置く個性的なショップが今後さらに増えていけば、他が真似できないこのエリアの魅力はもっともっと増強されていくだろう。
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